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見境ないオタク

アニオタ・ドルオタ・腐女子という三重苦と共に生きています

ジャニーズ(Hey!Say!JUMP)で見るアイドルの未完成性から来る沼について







アイドルとは私を捉えて離さない恐ろしい存在である

昨今の音楽番組でジャニーズしかりAKBしかりが出ていない回は殆どないと言ってもいいくらいには日本に根付いたアイドル文化

三重苦クソオタクを名乗るわたしも三重苦の一つにドルオタを含んでいる

今回はなぜアイドルが私の心を掴んで離さないのかという問題を散らかしながら自己分析的に悶々としていきたい。


そもそも私の根本にドルオタの血がこんこんと流れている件に関しては以前ご紹介させていただいたがそんな私にも一時期アイドルから離れる時期があった。
私のオタク史を超大雑把に書くとドルオタ→アニオタ→ドルオタとなるので私をアイドルから遠ざけたのはアニメ、と言いたいところだが実際はノンノンである。


その頃私は絶讃J-POP、殊にバンド大好き女だった。
なんか自分でもよくわからないがあの頃の私はバンドに肩入れした途端アイドルから距離を置きたくなった。なんか東京事変好きとか言っておきながらジャニーズ好きとかおかしくね?本当は面食いミーハー野郎の癖にバンドとか聞いてるやばい奴じゃね?というそもそも自分の本質の面食いミーハー野郎を何故か恥とし真にアホで別に誰もお前の趣味にそんな興味もってねーーーーーよ!と言わんばかりの自意識を発動させた結果、表でアイドルの事を言うのはやめた時期があった。これが俗に言う中二病なのでしょうか…
でもまあずっと一人で本屋に行って某アイドル誌立ち読みしてはニヤニヤ。気持ち悪いね。

この頃の自分の心境は今思えば完成されたものに対する信仰心、未完成なものを好むことを周りに知られたくない背伸びした感情みたいなものからも来ていたような気がする。

私が知る限りだが、アイドルを愛すると同様にその他のアーティストの音楽を愛する人は中々見かけない。ここで強調したいのはあくまで「同様」である。「同等」ではない。







私が今回注目するのはアイドルの「未完成性」である。








ここではアイドルの例としてHey!Say!JUMP(以下ジャンプ)、その他のアーティスト、バンドとして東京事変を挙げていく。(私が特に大好きだから)

アイドルと他アーティストを応援するにあたって私自身の傾向から言うと

私が東京事変にハマったのは単に椎名林檎の声が好きで、曲が好きで、顔が好きで、本当にそれに尽きた。私にとって東京事変という存在は隙なく完成されていた。東京事変の「現在」を常に追い続けることを楽しんだ。




対してアイドル、ジャンプに関しては少し異なる。
勿論顔は100点である。歌もサイコー!大好き!しかし私の中で彼らは何故か親近感を持たせる。
その理由はジャニーズJr.という期間から来ているのではないか。


ジャニーズJr.とはいわば芸能人と一般人の境ではないだろうか。


ついこの前まで一般人だったジャニーズJr.達は選り好みされデビュー組のバックやドル誌の誌面に登場する。
芸能人としての彼らが完成していく過程をオフィシャルに見ることができるシステムがあるのだ。
1人でテレビに出すまでは行かなくてもデビュー組のバックなら、ドル誌という場所なら表に出ることができるという環境がある。
そして忘れてはいけないのが、いくら芸能人と一般人の境とはいえ私たちの目に触れるジャニーズJr.達は選りすぐりのエリートであるという点である。
諸説ありソースも不確かだが一説ではジャニーズJr.の数は千近くとまでも言われる
そのような中からいわば選ばれた者のみが私たちにジャニーズJr.として認識されているのである。

ジャニーズJr.とは一般人と芸能人の中間であり、同時にジャニーさんという千里眼に選ばれた凄まじく光り輝く原石であることが証明された存在なのである。

そしてそのような原石達がユニット結成、持ち歌の獲得、舞台出演などを経て一つの通過点であり結果でもあるCDデビューを勝ち取るまでの経緯を私たちファンは様々な媒体を通して応援しピギャりつつ見守り続ける。



そこで芸能人として「未完成」な彼らを応援し続け、愛するファンは、彼らの「保護者」的視点を得るのではないか。



出たての頃から見てたけどだんだん伸びてきた!すごい!やっぱり想像した通り!ほんともういい感じに成長して!ダンスも上手くなったし!やっぱりね!こんなに成長して私すごく嬉しい!!!!的感情が湧いてくる。
もはや私は彼らのお母さんである。息子の成長を信じるお母さんである。







大前提としてアイドルは「商品」であり、私たちファンは「消費者」だ。


決して彼ら、彼女らの人権を否定しアイドルをモノとして扱うわけではない。彼ら彼女らアイドルが、アイドルであることを「職業」としている以上、事務所にアイドルである自身を契約している以上、事実アイドルは存在自体が「商品」だ。
そしてそのアイドルを求めて書籍なり映像なりチケットにお金を出す私たちはいわば「消費者」だ。

この「消費者」という立場に、新たに未完成な彼らを見守ってきた「保護者」という視点を付け加える要素になり得るのが公に出されるジャニーズJr.なのである。



ジャニーズJr.に対する「保護者」的心理は彼らがデビューを果たし、ひとまず一人前となっても消えることはない。お母さんは息子が独り立ちしてもいつまでたっても息子が気がかりなのだ。大好きだから誇らしくもあり気がかりなのだ。




私を彼らのお母さんにしてしまうシステムにジャニーズ事務所という組織も大きく影響しているのではないか。

芸能界の中でも芸能人の総称を事務所で印象付けているのはジャニーズと吉本くらいだろう。
それ程ジャニーズという一団は世間一般に認識されている。


そしてそのジャニーズ事務所が抱える数多くのタレント達の活動範囲はメッチャ広い

バラエティーから演技まで幅広くこなすSMAP、農家兼バンドのTOKIO、舞台やアーティストとしてのKinKi Kids、国民的アイドルと言っても過言ではない嵐、個人で俳優として活動する生田斗真など多くの先輩がジャニーズ事務所には所属している。

この「先輩グループ」達はもちろんジャニーズJr.や若手グループにとっては目標としての役割を果たしていると思うのだが、私を含むファンにはどのように働いているのか。

若手グループを応援するファンにとってのグループへの期待と展望がイメージしやすくなる働きがあるのではないかと考える。



同じ事務所のグループが各環境で成功を収めていれば次世代にも同じように先輩達が拓いた環境での活躍、また新しい環境の開拓を想像しやすいのではないか。成長し続ける先輩グループの存在が若手グループへの期待に繋がり、応援することを辞められない仕組みに繋がっているのではないかと考える。沼である。

そしてここで「保護者」的心理が働く。若手グループに先輩達のように成長して欲しい反面、いつまでも自分の中の息子でいて欲しくなる。




昨今騒がれている「伊野尾革命」という言葉をご存知だろうか。ジャンプのメンバーである伊野尾慧という人物が突然爆発的と言ってもいいほどの注目を集め始めた件を指す。

大学生だったこともあり、ポジションも後方で露出も少なかった伊野尾慧が突如バラエティーを中心に露出が増え、単独でMCを勝ち取るにまで至った。

この「伊野尾革命」をツイッターで検索すると様々な意見が見られる。

大きく分けると単純に伊野尾慧の数多の抜擢を喜び「伊野尾革命」を喜ぶ人達とそうでない人達だ。

そうでない人達の分類はとても難しく、ほんの一部挙げると
・伊野尾慧の露骨とも取れる数多の抜擢がちょっと喜ばしくない
・伊野尾慧の今までの努力を思うと革命の一言で済まさないで欲しい
・伊野尾革命はもうお腹いっぱいだから岡本革命は?

などといった具合で様々である。

この現象は「保護者」的心理の影響でもあるのではないか?と私は思う。
不遇とも言える環境の中ずっと見守ってきた息子が突如脚光を浴び、ある日を境に突然「みんなの伊野尾慧」になってしまったことに対する困惑から来ているのではないか。
この心境は不遇時代を支え抜き長年応援し続ければし続ける長年のファン程増すのではないかと私は考える。


そしてこれらの思いは伊野尾慧、彼に対する「未完成性」への欲求ではないか。



後ろでニコニコして一言も喋らないまま終わる彼や、山田涼介の肘に顔面を隠されてもニコニコしている彼、決して表には出ないけれど私だけが知っている(と自分では思ってる)大好きな彼の存在をみんなに知られてしまった!嬉しいけどちょっと待って!気持ちの整理が!待って!嬉しいけども!!みたいな感情と同時に心のどこかでちょっと不遇な彼をもう少しだけ応援していたかった、という気持ちが湧いてくる。もう少しだけがんばれ!がんばれ!と声を大にして応援していたかった。


未完成なものは魅力的である。これからどんな風に成長してどんな形の完成形となっていくのか。期待を無限にかけることができる。


私はここで応援という言葉を多く使うが、この応援という心境もアイドルに対する特徴的な感情だと考える。

彼ら、彼女らは「応援」して支えなくてはならない。CD買ってランキングに乗ったら私も嬉しいしアイドルもきっと嬉しい。だからCD買おう。私のアイドルに対する行動は紆余曲折を経てアイドル達の支えになっているはず。私はそう思い「応援」する。

そもそもアイドルは支えられていなくてはいけないのか?私が愛するジャンプは私の支えが必要なのか?そう聞かれればハイとは言えない。私1人がファンを辞めたところで彼らは痛くもかゆくもない。辞めませんけど。
でも私が彼らに貢献できている、と思わせるのは彼らの「未完成性」が働いているからではないか。

私が買ったこのCDが、彼らの今後のご活躍への一兆分の一程度の貢献に繋がるのでは
、と考えることができるのは、彼らが「未完成」であるからである。過去と現在の彼らを愛し、今投資をすることでまた未来の彼らに期待をかける。未来に期待するためには現在が「未完成」である必要があるのだ。

つまり、いつまでも未完成であれば私たちは応援を辞められないのだ。
未完成と成長が見られないのは全く別である。成長し続けて尚未完成である必要がある。



この構図を助けるのが先程挙げた「先輩グループ」だ。
若手グループが成長し続けても前には同じく成長し続ける先輩グループが常に存在する。

ジャンプが進化し続けると同時に進化し続ける嵐、TOKIOKinKi Kidsタッキー&翼諸々がそれぞれの場所で常に先駆者として走っているのだ。
この先輩グループの存在が、若手グループの「未完成性」を保たせているのではないか。
先輩グループとして挙げた彼らにももちろん更に上はいるだろう。この先輩後輩の連鎖がグループの「未完成性」を保たせ、ファンの定着にも影響を与えているのではないだろうか。
そしてこの構図が成立するのは、ジャニーズ事務所というある意味孤立し、ブランド化された団体の強固な縦の繋がりが存在し、それをファンも認識しているからこそである。


ジャニーズ以外のアイドルの未完成性への欲求については、AKBグループの研修生・卒業制度や地下劇場の存在、ローカルアイドルなど多くの場で見ることができる。

アイドルという存在に対して「消費者」である私に、「保護者」的心理が加わることで抜けられない、抜ける気すらしない沼が生まれる。




長々しく自分のドルオタとしての心境と向き合って悶々とした結果結局この感情に答えは出なかったがもうこれだけは言える私はジャンプちゃん達を未来永劫フォーエバーずっと見守っていきたいです!!!!!!!!!!!!!!!

あとiPhoneは早く予測変換でHey!Say!JUMPって出るようにしてください!!!!!!!!!!!